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Home Andy Gibb アンディ・ギブのラストインタビュー「ぼくは幸せ者だ」(1988年)

アンディ・ギブのラストインタビュー「ぼくは幸せ者だ」(1988年)

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母親バーバラさん、甥のマイケル君と一緒のアンディ・ギブ(1987年暮れ、フォート・ローダーデールの空港にて)
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1987年、クリスマスの直後。パイロットの勉強中だったアンディ・ギブはフリージャーナリストのマルコム・バルフォアさんと一緒にビスケイン湾(フロリダ)上空を飛行しました。アンディの突然の死後、そのときのフライトの様子とアンディへのインタビューをまとめた記事が、アンディの死後、1988年にアメリカのエンタテインメント誌『ピープル』に掲載されましたので、以下に内容を簡単にまとめてご紹介します。早すぎる死のほんの数か月前のアンディの姿を垣間見ることができます。

「今ではドラッグじゃなくて、こんなことをしています」。アンディはバルフォアさんと 一緒に「フォート・ローダーデール・エグゼクティブ空港から飛び立ち、きらめく大西洋に向かいながら」こう言ったそうです。

過去、現在、未来について:

「いまじゃハイになるのは飛行機で飛んでいるときだけです。誓っていいますが、この何年かがどうだったにせよ、フロリダに来てからのぼくは18か月間まったくクリーンな状態です。もう何の心配もない。
「イギリスに行ったらきっと何もかもうまくいく、そんな気がしています。... ほんと、声も今までで一番調子がいいんです」
「予感があるなあ ― もうちょいでヒットが出せそうな気がする」

こう語るアンディはドラッグ問題等で1979年以来チャートから遠ざかっていましたが、この記事によれば、12月初めに「兄たちのサポートを得て、アイランド・レコードにデモテープを送ったところ、「ほぼ即答の形で契約の話が持ち上がった」。

ヴィクトリア・プリンシパルとの「破滅的なロマンス」について:

「正直いって、もう二度と人を好きにはなれないと思ってきたし、これからも無理じゃないかと思います。
デートはちょいちょいするけれど、真剣にはなれない」
「ヴィクトリアと別れてメチャメチャになったぼくが、ドラッグに救いを求めたのは知っての通りです」

「ありがたいことに、それももう昔のことです。正直いって、今でもヴィクトリアが好きだし、これからもそれは変わらないと思う。自分以外の人間にあれだけ心を捧げる勇気はもう二度と持てないんじゃないかと思います」
「愛は盲目ですからふんぎりがつかなかった。ヴィクトリアとは違いすぎることはわかっていました。ぼくはアウトドア志向だけど、彼女は違う。ふたりでここ(マイアミ)に来たときが一番心が近づいた時かな。昔よく行った場所とかを案内してくれて、マイアミのビーチで過ごした時間は本当に楽しかった…」
「ヴィクトリアとぼくは結婚寸前まで行ったことが何度もあるんです」
「彼女、ほんとに気前がよくて、ぼくがウォータースポーツが好きだからって、自分は日なたが嫌いなのに、ぼくに船をプレゼントしてくれたことまである」

「でも時間が経つにつれて、こちらが滅入るようなこともいろいろとありました。彼女、絶対に年をとりたくないっていうんだけど、そんなのおかしいしね。でも彼女を愛しているし、別れたらぼくはズタズタになってしまった」

「目じりの皴をなんとかしたいというのでぼくが(美容外科に)連れていきました。今のままできれいだよ、って言ったのに、彼女聞く耳を持たなくて、ふたりで一緒にグラスマン先生に会いに行ったんです(ヴィクトリア・プリンシパルは後にこの医師と結婚する)。

「彼女が先生に惚れるってわかってたらなあ…」

「また元気になって、きちんと生きることができてうれしいです」
「頂点に立つというのがどんなものか知るにはまずどん底に落ちてみないとね。でも母と父と兄たちの愛情とサポートがあって、ぼくはもうだいじょうぶです」

オックスフォード滞在の予定について


「母が一緒に来て世話をしてくれることになっています。ぼくは音楽に集中して春にはアルバムを出したい」
飛んでいると、完璧に自由だという気持ちになる―神に近づくような感じです。とても心が落ち着く。
「悩みを忘れるには最高の方法です」
「一度しかない人生なら楽しまなくちゃ。自分に誓ったんです、これからは一瞬一瞬を大切にしよう― 充実した生き方をしようって」

母親のバーバラさんがアンディについて(お母さまは空港に来て、インストラクターからアンディが着陸のしかたを習う様子を見守っていたそうです):

「この子はずっとこんな風でした。危険に飛び込んでいく。正直、この地上にしっかり足をつけていてほしいと思いますよ」
ほんとに、ほんとにいい子です。とっても気立てがやさしいの」

この記事によれば、バーバラさんはアンディの死後、鎮静剤が必要だったそうです。悲しみの大きさが思われます。

マイアミで過ごした1年間、友だちや家族に「健康オタク」と呼ばれるようになったというアンディは、1日にテニスを2-3セットプレイしたりしていたといいます。相手は兄のバリーや友人たちでした。

「確かにまともになりました。悪いときに18キロぐらい痩せてしまったんですが、また盛り返して今はベスト体重の68キロに戻っています。ドラッグはきっぱり止めました」

「音楽以外では、だいたい飛行機を飛ばしたりテニスをしたりしています。でもぼくは素晴らしい両親のために時間を使いたい。ふたりはぼくのすべてです。 こんなに思ってくれる家族を持ってぼくは幸せ者です―ぼくはほんとに幸せ者です」

(マルコム・バルフォア「”ぼくはほんとに幸せ者です” ‐ アンディ・ギブのラストインタビュー」1988年『ピープル』誌より)

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Words

(「モーリスのどこが嫌い?」と聞かれて)

学校でぼくをもめ事にまきこんだ。

バリー・ギブ