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【デイリー・メール紙】バリー・ギブ・ロング・インタビュー「ロビンの幽霊を見ました」

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英デイリー・メール紙日曜版に掲載されたバリーのインタビュー記事

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英国の日刊紙デイリー・メールの日曜版メール・オン・サンデー付属のイベント誌(オンライン版2016年9月4日)に掲載されたバリーのロング・インタビューです。話している内容からいって、バリーがグラストンベリー後にイギリスに滞在している間に行われたインタビューと思われます。以下に内容を簡単にまとめてご紹介します。

「弟たちの幽霊を見ました」 
ビージーズ最後のひとりとなってしまったバリー・ギブ(70歳)が、グループ仲間だったふたりの弟ロビンとモーリスを失った悲しみについて率直に話してくれた。

死後も彼らの姿を見たので、まだ生きている(ステイン・アライヴ)かもしれない、という気がするという。リンダ夫人はアンディ・ギブの、バリー自身はロビンの幽霊を見て、心をかき乱されたそうだ。

 

バリーは幽霊を見たことがあるという。
「楽しい体験ではありません。だって確信が持てない。本当なのかどうかわからないから。弟たちふたりの幽霊を見ました」
どの弟ですか?

ぼくはロビンを、妻はアンディを見ました。記憶が意識の外に形をとって現われたものなのか、それとも本当なのか。結局のところ、死後の世界はあるのか? ぼくはそれが知りたいです」
バリーとの取材は、ビーコンフィールドにあるイギリスのバリー邸に近いインド料理店で行われた。(バリーは、ふだん、フロリダに住んでいる) 9月1日で70歳になったが、今でも、髪もひげも豊かで、ライオンを思わせる風貌は変わらない。

話は、ごく自然に、亡くなった弟たちのことになった。「ロブが亡くなって、これで何もかも終わりだ、おれもこのまま消えていくんだろうな、と暗くなっていました。別にこれで消えていってもいいや、という気持ちだったんですが、コロンビア・レコーズのロブ・ストリンガー社長がやって来て、契約が締結され、『がんばってもらいますからね!』と言われたんです。『よし、じゃ行くか』という気持ちになったので、現場復帰したわけです」

バリーは、6月のグラストンベリーで、コールドプレイのクリス・マーティンと共演。「ステイン・アライヴ」で喝采を浴びた。「グラストンベリー出演の話は突然出てきたんです。素晴らしい経験でした。クリスはほんとにジェントルマンで、グウィネスにも会いました」 バリーは、ノエル・ギャラガーにも会って、今度一緒にカレーを食べようという話になっているそうだ。

数々のヒットを持つビージーズ。2012年にはビルボード誌の「史上もっともナンバーワン・ヒットを出したグループ」ランキングで、第3位にランクインした。ナンバーワン・ヒットの数は実に9曲だ。1位はビートルズ(20曲)、2位はシュープリームズ(12曲)である。それなのにバリーは自分を信じきれていないようにも見える。「どうも自尊心がなくて。これまでにぼくが会った、憧れの人たちも、みんな自尊心を欠く人ばかりでしたね。マイケル・ジャクソンもバーブラ・ストライサンドもそうでした。自信と自尊心は違います。ぼくはとにかく、いつもいつも努力に努力を重ねてきて、それはいいことだと思ってます。何があっても生き残れるのは飢えがあるからですが、ぼくにも、努力する気持ちになれない悪い時期もありました」

確かに、ロビンの死後、バリーはスランプを経験した。その暗い時代に、いったい何に心の慰めを求めたか、ちょっとびっくりなのだが、「暗いトンネルの中にいるみたいで、トンネルの終わりにたどりついて外に出られるときを待ちながら、ぼくはテレビを見ていました。『ダウントン・アビー』を見て、悲しい気持ちをまぎらわせていました。レイ・ドノヴァンとかビリオネアとかも見ていました。映画よりテレビが好きです。連続サスペンス・ドラマが大好きです。アップルTVを入れて、アメリカでもイギリスのテレビ番組を見ています」
『ダウントン』が復活に一役買ったとはびっくりだ。「家族そろって大好きだったんです。先日、ウィンブルドンで妻がマギー・スミスと隣り合わせたので、それを伝えてましたよ」
もうひとり、悲しみを乗り越えるのを助けてくれた人がいる。ポール・マッカートニーだ。
ポールにはいつも助けられてきました。初めて会ったのは1967年のサヴィル・シアターでした。ジェーン・アッシャーを連れてコンサートに来て、『君たちには光るものがある。やり続けるんだよ』って言ってくれて、その言葉にはずっと励まされてきました。最後に会ったのは2013年の『サタデー・ナイト・ライブ』 のときです。楽屋が隣り合わせだったので、お互い、まだ成功してなかったころの話をしました。世間知らずだったね、何が何だかわからなかった、素晴らしいバンドの中にいて、それだけで幸せでいられて、お互いにライバル意識なんか持たなければなあ、なんてことをいろいろと話しました」
ライバル意識というとビートルズに対してですか? 

「いいえ、バンド内のメンバー同士のライバル意識です。業界というものがわかっていなくて、これまで疎遠だったような人たちが、誰も彼も急に近寄ってくるのはなぜなのか、そんなこともわからなかった。それが世間知らずだったということです」
 ビージーズの場合には兄弟の間にライバル意識があったのですか? 「うーん、それはどんなきょうだいでも同じだと思いますよ」
ライバルだけど仲もいい?

 「そうですね。両方ありえます。すごい言い争いもする。ものすごく仲がいいかと思えば、お互いにかんかんに腹を立てているときもある。ふつうの家族と同じです。違うのは、ぼくたちが音楽にすっかり入れ込んでいたという点でしょうか。グループ内では、いつもライバル争いをしていましたが、ビートルズをライバル視したことはありません。ぼくたちは、単なるポップグループだけれど、ビートルズは世界を変えた人たちですから」

バリーはポール・マッカートニーから歌い方のちょっとしたコツを教えてもらったほか、スタイルの面でも影響を受けたそうだ。
「ポールはキーを下げてないんです。今も昔と同じキーで歌っていて、ぼくもそうしています。キーを下げるアーティストは多いんですけど。ポールには『一番高い音を出すときには下を向け』と言われたので、『わかりました』と答えました」
有名なバリーのひげもポールの影響だそうだ。「ぼくがひげを伸ばしたのは1968年、ポールが『ロング・アンド・ワインディング・ロード』でひげをはやしたからです。そのぐらい、いつもポールに影響されてました。ビートルズが解散したときなんか、『そうか、ぼくたちも解散しなきゃ!』って思いましたもんね」

兄弟の中で最年長だったのでグループのリーダー役になったと思いますか? 
「そうですね。一番上の兄貴ってそういう立場なんですよ。モーリスとロビンの面倒を見ろ、アンディの面倒を見ろ、ってね。弟たちの方は面倒を見られたがらないことも多かったけど。モーリスとロビンはふたごなので、いつもふたりだけでこっそり話してましたね。ぼくは、仕事の金をきちんと払ってもらうようにするという役割でした。ビジネス担当で、それを楽しんでいました。ごまかす相手が多かったので、ごまかされないように気をつける必要があったんです。マネージャーがボロ儲けしてるとかいうこわい話が、ぞろぞろあるじゃないですか。ロバート・スティグウッドはよくしてくれましたよ。ぼくたちは、ひとりあたり週に100ポンドずつもらっていたのですが、1967年当時はそれだけあれば、かなりいい暮らしができたんです。しかもその段階では、ぼくたちはまだ芽が出ていなかった」
ビージーズは人気がピークだった60年代末から70年代にかけては大ぶりのペンダントをつけて「メダル男」とか言われていたものだが、現在のバリーは黒いシャツにビーズのブレスレット、神秘的なトップが付いたシルバーの首飾りをさりげなく身につけているだけだ。(「金とかダイヤとかチェーンとか昔はよくつけていましたが、もう卒業しました。でもジュエリーは好きですね」)
ビージーズは、クールとはほど遠いと思われてきた。ケニー・エヴェレットのギブ兄弟のパロディも有名だ。オシャレな連中がボウイやロキシーを聴く時代に、ビージーズはダサいと思われていたが、時の流れの中で、ビージーズの曲は再評価され、いまや「愛はきらめきの中に」はクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」と並び立つ完璧なポップソングと言われている。
しかも非常に多作で、「愛はきらめきの中に」「ジャイヴ・トーキン」など有名な曲の中には、1日足らずで書き上げたものもある。「『Too Much Heaven』『Tragedy』『Shadow Dancing』、それにあと2-3曲、みんな半日で書き上げました。みんな、ハイになっていたと思います。アンフェタミンとかでね。ヘヴィなドラッグじゃありません。ヘロインとかコカインとかヘヴィなドラッグには手を出さなかったし、そういうクスリをやりながら書いた曲はありません」

バリーは、この点は強調したいようだった。
今は何か悪い習慣ってありますか? 
「アルコール類はいっさい飲みません。例外は日本酒です。大好きなんです。二日酔いしないし、気分が悪くなったりもしないし」 最後に酔いつぶれたのはティーンエージャーだったときだそうだ。「何かの集まりで、いろんな酒をちゃんぽんに飲んでぐでんぐでんになって、目が覚めたらハネムーン・スイートに寝てました。ものすごく悪酔いしたので、スイートに寝かしてくれたみたいなんですが、起きたときに、花嫁がいたらどうしよう、って思いましたね。幸い、花嫁はいなかったですけど」

話はニューアルバム『In The Now』に移ったが、話していると、どうしても弟たちのことにもどってしまう。
「(このアルバムは)過去も未来もない、という意味なんです。あるのは、今この時だけ、今をしっかり生きるしかない。大切な人間を失うこと、今を生きようとすること、それがテーマです。一瞬一瞬を大切にしなくては、最後はみんなああなるんだから…」 バリーは悲しい目をした。「モーは2日で行ってしまった。その方が、長く苦しむよりいいのかもしれません。ロビンはそっちでした。アンディは30歳で行ってしまった。みんな違う死に方をして、母はとても苦しみました。今は95歳ですが、2週間ほど前に軽い卒中の発作を起こしたんです(訳注:このインタビューは7月に行われたと思われますが、その後、既報の通り、バーバラさんは8月12日に逝去されました)」

バリーは、とても悲しい顔をした。「あまりにも次から次へと家族が亡くなるので、おれは寝ている間か、舞台の上で死にたい、と言ったこともあります。でも(一部に報道されたように)『ステイン・アライヴ』を歌いながら死にたいとまで言ったことはありませんよ。その方が話が面白いから、そう書かれたんでしょうけどね」
ニューアルバムは12曲+ボーナストラックが3曲だ。「そのひとつ『Daddy’s Little Girl』は娘のアリのために書いた曲です。現在24歳で、まだぼくたちと同居中です。ものすごくはっきりと自分の考えを持った女性です。『Star Crossed Lovers』は妻リンダのために書きました」 夫妻のなれそめは、夫人がミス・エジンバラ在任中、ロンドンのテレビ番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」の収録中だった。
「初めて会ったころ、マネージャーはぼくにガールフレンドを持たせたがらなかったので、彼女はいつも家にいるしかなかったんです。ぼくが“売約済み”に見えるとまずいということだったんですね。誰も彼もに反対されたことが、彼女をいっそう強い女性にして、49年後の今もぼくたちは一緒です」

グラストンベリーでの成功をもとに、今回は単独でまた頂上を目指しますか?

 「もしアルバムの評判が良ければ、また喜んでツアーをしたいです。何かそういう形で勢いがつかないとツアーをするというのは大変なことなので、勢いがついてほしいですね」 

弟たちなしでのステージはつらいのでは?
「長男が一緒にいてくれるので救われています。息子はビージーズのメンバーではありません。そんなこと、望まないでしょう。スティーブンはあくまでスティーブン。入れ墨だらけのメタルロックのミュージシャンで、美しいハートの持ち主です。アルバムでも演奏しています。現在のバンドのひとりですが、このバンドはぼくがこれまで一緒にやった中でも最高のミュージシャンの集まりです。僕はツアーをしたい。だから、人に、行って見てみたいと思ってもらえるようになりたい。ああ、ぐるっとまわってもう一度スタートラインに立っているんだな、と感じたいんです。もう一回やれるぞ、カムバックできるぞ、ってね。
今はまた個人として再出発する、という感じです」

1980年にストライサンドと組んで『ギルティ』を大ヒットさせたのも、ビージーズのメンバーとしてではなく、バリー個人としての仕事だった。

「でもその話をさせてはもらえなかった。グラミー賞でベスト・デュエット賞をとったのですが、弟たちからはひとこともありませんでした。きょうだいってそんなものなんですね。ぼくが、グラミー賞をいくつとったと発言すると、弟たちはひとつ少ない数をいって、『正確にはこの数だよ』というんです」

未発表で眠っているビージーズの曲はまだありますか?
「いや、ロビンが全部出しちゃいましたからね。ぼくが『その曲、アルバムに入れるほどよくないんじゃない、ロビン』というと、ロビンは「いや、とにかく1曲だし、やっぱり入れようよ」とかいうんですよ。こちらが提供する曲が多ければ多いほど、レコード会社にすれば得な契約になるのですが、ぼくはそんな必要はなかったという気がしています」

最近の音楽の作り手にビージーズの影響を感じることはありますか?
「プリンスとマイケル・ジャクソンには感じました。マルチ・ハーモニーとかグルーヴとか。ぼくの影響が大きいと大勢に言われましたね。これからもできるかぎり、そうした存在でありたいです」
今年はボウイ、プリンスなど、アイコニックな大物ミュージシャンの死が相次ぎましたが、どう思われましたか。

「ああ、プリンスねえ。前からずっと大好きでした。デイヴィッド・ボウイになるとあまりにもすごいアーティストなので、ぼくにはわからない部分も大きかったです。好きではあるけれど、親近感があるのはプリンスみたいなタイプの方ですね。R&B色とか、ファルセットとかの方に自分を感じます。ぼくたち、ミネアポリスにあるプリンスのビルで仕事をしたことがあるんですよ。プリンスが住んでるビルだったんです。プリンスもその場にいたんですが、スピーカーのかげに隠れてたんで、会えずじまいでした」

スピーカーのうしろに、隠れてたんですか? 
「そうなんです。信じられないぐらいシャイですよね。ほんとにねえ」

死ぬ前にこれだけはしておきたい、とリストのようなものはありますか?「いや、でも、これはできそうにないことのリスト、ってのはあります。絶対に無理だろうな、というリストですね。グランドキャニオンを歩いて縦断するのは無理でしょうね、足の状態がこれじゃね。エッフェル塔にも上れそうにない。高いところが嫌いなんで。とにかく、何が起きてもけっこう幸せだろうと思います。
ぼくは3つの違う文化圏で育ちました。ピラミッドも見たし、古代世界が大好きです。あの文明がどうやって発展したのか、はっきりとはわかっていないんですよね。もっと古い時代からあったのかもしれない。別の意味で現代と同じぐらい発達していたともいえる2万年、3万年前の文明にとても惹かれます」
前世があったと思います? 
「たぶんね。何回か生まれ変わっていると思います。そのことは疑わないようにしています。家族を次から次へと亡くして、ぼくにはわからないことばかりなんです」 
またご家族に会えると思いますか?
「そう信じていたい。そう思っていたいです」
シャツやブレスレット、身のこなしなど、とても現代的な雰囲気もあるバリーだが、すごく古風な面もある。「インスタグラムとかメールとかはやりません。携帯メールはしますけど。ツイッターのアカウントも持っていて、二番目の息子のアシュリーにやってもらっています。ああいうことは、あまり考えたくないんです」
昔はバリー自身、自分をライオンに見立てていた。1979年に出た『The Greatest』というイラスト版のビージーズの公認伝記では、バリーはライオン、ロビンはレッド・セッター、モーリスはアナグマに描かれている(訳注:これは『The Legend - The Illustrated Story of the Bee Gees』のことでしょう)。

バリーは獅子座かなと思っていたのだが、なんと「実はおとめ座です。両手ききで、きき足は左、ギターを弾くときは右です。ライオンというトシじゃないと思いますけど、まだちょっぴりたてがみも残ってます」 やや間をおいてから、「でもずっと自分とライオンを重ねてきましたね」とちょっと誇らしげにいった。「南アフリカで、銀細工のライオンの頭がついた杖を買ったんです。だからいつか歩けなくなったら、そのライオンに助けてもらって歩こうと思います。そうすれば、ライオンが歩いている、という点では変わりませんから」
この地元のインド料理店ではかなり知られた顔のようだが、一般にレストランにはあまり行かないそうだ。
家にいるのが好きなので。早起きは苦手で、活動に入るのはお昼ごろですね。2時ごろに機能しはじめて、夜になったらテレビであれを見よう、とか考えたりしはじめます。本は一度に3冊読みます。古代史が好き。いまはフランス革命の本と、人間の意識に関する本を読んでいて、エジプト学に夢中です。未知なるもの、スーパーナチュラルとか、ああいう世界に惹かれます。説明できないものが好きです…幽霊とか」
アルバムではありとあらゆる影の世界をテーマにしたバリーだが、悲しみの人ではない。よく笑って、冗談も飛ばす。「おいしいカレーも好き」とのことだ。

バリー・ギブのニューアルバム『In the Now』 は英国で10月7日に発売される。

中で「2週間ほど前にご母堂が卒中の発作を起こした」という発言がありますが、取材時期から逆算すると、バリーがグラストンベリー直前に「家族の病気で出演をキャンセル」といったん報道されたのが、一部で心配されたようにバーバラさんのことだったみたいですね。


 

Words

(「ロビンのどこが好き?」と聞かれて)

話し方。

バリー・ギブ