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バリー・ギブ『イン・ザ・ナウ』ロング・インタビューbyティム・ロクスボロ Part 5

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“川のほとりに埋めてくれ”と歌う「ダウン・バイ・ザ・リヴァー」(1970)

バリーが研究者の質問に率直に答える連載ロング・インタビュー、シリーズ第5回はアルバム『キューカンバー・キャッスル』に入っている「ダウン・バイ・ザ・リヴァー」ではないけれど、いつかその時が来たら少年時代に憧れた場所で眠りたい、というバリーの発言などを紹介します。

パート5
バリー・ギブ「僕をモートン島に埋めてくれ」

どこに埋めてほしい、というバリーの話を聞くと感慨深いものがある。もっともそう言っておいて、本人はすぐにくすくす笑ってはいたけれど。その点を心に留めておいて、インタビューのパート5に行きたい。

今回“ティム・ロクスボロのバリー・ギブ『イン・ザ・ナウ』インタビュー【パート5】”では僕がバリーに、オーストラリアのクイーンズランド州レッドクリフにある子ども時代の家を再訪したことについて訊ねるところから。

そこでバリーが、埋葬してほしい、という話をしたので、ギブ・ソングとしてはあまり知られていないけど僕が大好きな曲というのは実にゴマンとあるのだが、そんな曲のひとつ、アルバム『キューカンバー・キャッスル』(1969年)から「ダウン・バイ・ザ・リヴァー」へのリンクをご紹介せずにはいられない。カントリー&ゴスペル風味の曲だ。

**********

TR: ビー・ジーズ・ウェイ・ステージ2のために最近オーストラリアを再訪されてレッドクリフにいらっしゃいましたが、どうでしたか? 僕はつい最近見に行けましたが、素晴らしかった。あなたにとって、子どものころに桟橋から見ていたモートン島、手が届かないパラダイスのような場所だったところに行くのは、どうでしたか? とうとう、大人になって行けた感想は?

バリー: 信じられないような体験だったよ。レッドクリフのアラン・サザーランド市長と夫人が島へ連れていってくれて、13歳、いや12歳ぐらいだったのかな、あのころ、僕たちはレッドクリフから島を眺めては、どんなところかなあって思ってたんだよね。あのころは行けない場所だった。昔の捕鯨拠点で、むろんいまになって戦時中には軍事基地だったことも知ったんだけど。当時はそんなことも知らなくて、本当にきれいに見えてて、白い砂のビーチとかも見えたのに、行くことはできなかった。だから、ずっとずっとなんとかモートン島に行こうとしていて、ついにはバリ・ハイって呼んでたんだよ。「決してたどりつけない島」っていう意味で。

TR: ついに行ってみたら、がっかりしたとか? それとも思っていた通りでしたか?

バリー: いや、とんでもない。素晴らしかった、きれいだったよ。見たこともないような広々としたビーチがあって、雪のように真っ白な砂があって。いや、本当に憧れていた通りの場所だったし、思っていた通り静かなところだった。今では家も何軒か建ってはいるんだけどね。でもね、いつか死んだら、僕はあそこで眠りたい。モートン島に埋めてくれ、だよ(笑)。

TR: はーい! 人も、それから動物もそんなところがありますよね。鮭は生まれた川に戻るっていうじゃないですか。

バリー: そう!(笑) 僕もそう!

TR: いいんじゃないですか。今でもそんな風に故郷と結びついているのはいいなあと思います。レッドクリフにそう長くいたわけではないのに、人生の中で明らかに大きな意味のある時期なんですね。

バリー: そう、あの時代に一種のロマンチシズムが始まったんだと思う。放浪への憧れというのかな。いつもいつも、あの丘の向こうには何があるんだろう、あの角を曲がったら…ってね。

たしかにこの時代の曲「フォロー・ザ・ウィンド」などにも漂泊の思い止まず、というようなところがありますね。郷愁とそれに裏腹な丘の向こうへの憧れは、「マサチューセッツ」を例に出すまでもなく、ビージーズのロマンチシズムの一端を形成しています。





 

 

 

 

Words

リンダは内面も外見も本当に美しい。

バリー・ギブ