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【アーカイヴ1968】「ビー・ジーズってどんな人たち?」当時のオフィシャル・ファン・クラブ・スタッフ取材記

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「Valentine Pop 69」誌より
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イギリスの雑誌『Valentine Pop 69』から、当時ビー・ジーズのオフィシャル・ファンクラブの事務局長をしていた人に聞いた素顔のビー・ジーズについて等々

記事によれば、当時19歳のジュリー・バレットさんは「茶色の髪をした小柄でとってもきれいな」人で、毎日机に向かって「手紙の山に囲まれている」とあります。「毎日毎日、少しでも山を小さくしようとがんばっているけれど、これまた毎日毎日手紙がどんどん届く。でもジュリーは気にしていない」。

この記事を書いたライターは、「ちょうど時間通りに、取材の場所に到着した」けれども、「バスがブルック・ストリートを目の前にしてハノーバー・スクエアで渋滞に巻き込まれてしまったので、一時はほんとに絶対に間に合わないかと思っていた。到着するとすぐに大きな部屋に通された」と記事の冒頭にあります。

つまり、どうやらこの記事のもとになった取材は、ビー・ジーズ・ファンにとっては聖地のようなブルック・ストリート69番地で行われたようです。ロビンが2008年にビー・ジーズのグリーン・プラークの除幕式をした場所ですね。以下、引用です。

取材の時点では、ファン・クラブは部屋のかたすみに押しやられていて、手紙の山ができた机一台と椅子2脚だけで活動していました。ファイル・ケースには返事を待つファン・レターがぎっしり入っています。
 

「これは一時的な居場所なのよ」と、ジュリーはにこにこと話してくれました。「準備ができたら地階に移動することになっているの。ここが総事務局にあたる場所なんだけど、現状では気が散って大変。改装中だし、他の机もあるしね!」

(安心してください。この記事が読者の目に触れるころには、ジュリーも地階で落ち着いて仕事に取り組めるようになっているはずです)

なんかオブジェのようなものがあるなあと思ったら、どうやら巨大なゴールド・ディスク。台に載せて壁ぎわに置かれているのですが、どうも安定が悪くて、見るたびにぐらぐらしています。「マサチューセッツ」の売り上げ200万枚に対してビー・ジーズに贈られたものなのだそうです。メンバーがドイツからはるばる持ち帰ったそうです。
それは置いといて、まずジュリーに、どうしてビー・ジーズのファン・クラブ・スタッフになったの、と聞いてみました。
「NEMSでプレスの仕事をしていたときに、最初に彼らのレコードを聞いて、いいなあと思ったので、『ファン・クラブをやってもいいですか』と聞いて許可をもらったんです。1967年の7月から運営しています」
1968年1月の段階で会員数は4,500人で、増え続けているそうです。

「最年長の会員は76歳。最年少はまだたったの5歳です。男性会員も多いけど、ほとんどが女の子!」
最初にビー・ジーズと会った時のことを思い出すと笑ってしまうというジュリー。

「NEMSと契約したばかりで、小さな子どもみたいにびくびくしていたのよ! 部屋に入ってきたきり、何にも言わないの。口をきかせるのが大変だったんだから。それが今は…まるで別人の群れよ。彼らがクラブに来るたびに、大騒ぎになるので、もう何が起こっても驚かないわ。でも一緒にいるととっても楽しい人たちで、誰彼かまわずからかうの。よく、会員からの手紙に返事を書いてもらうんだけど、いつも気持ちよく対応してくれる。ファンあってのビー・ジーズだとよくわかっていて、ファンをとっても大切にしています。ファン・レターを読んだり、外でファンに会ったりすると、すごく嬉しそう。NEMSにいたときには会員に中に入ってもらうこともあったんだけど、ここでは今のままじゃちょっとそれは無理。ファンから電話が来ることも多くて、ちょうどメンバーがその場にいれば喜んで電話口に出ています」
残念ながら、憧れのビー・ジーズに会うチャンスに恵まれそうにない、という人たちのために、ジュリーに彼らがどんな人たちなのか、簡単に話してもらいました。
「まず、ヴィンスはとってもチャーミングだけど、ちょっとシャイ。コリンは典型的なオーストラリア式ユーモアのセンスの持ち主で、いつも親父ギャグをとばすの。トニー・ブラックバーンみたいな感じ! バリーはとっても礼儀正しくて、ほんとのジェントルマン。ドアを開けてくれたり、椅子を引いてくれたり、いつも本当に折り目正しい。モーリスは…」ここでジュリーはぐっと詰まり…「えーと、モーリスは問題児! いっつもふざけてて、だいたいが他の人とひとりだけ波長が違ってる。右の耳から入ったことは左の耳から抜けちゃうの! グループの中で一番クリエーティブなのがロビンだけど、ロビンもちょっとぼうっとしたところがあるわね。でも、とにかく、ポップス界でも一番気持ちの良い、礼儀正しい人たちだと思う。ものすごい悪ふざけもするけど!」

ファンならだれでも知っているビー・ジーズの有名な悪ふざけ。ある日、ぐっすり眠っていたヴィンスが目をさますとシーツがシェーヴィング・クリームと歯磨き粉だらけだった(犯人は主にモーリス!)こともあれば、モーリス(またも!)がニュー・ヨークの名物ディスクジョッキーとの大切なインタビューまであと1時間というときにトイレから出られなくなったり! そのときにはノコギリを使ってモーリスを救出したんだけど、みんな大笑いだったとか!
私もヴァレンタイン誌の読者から来るお便りを読んでいるので、変わった頼みには慣れているつもりだったけれど、ジュリーから聞いた変わった頼みはほんとに変わってました!

「あるとき、会員のひとりが、ロビンが入ったお風呂の水を少し送ってください、と言ってきたんです。送りましたとも! ロビンがご両親の家に帰ったときにお母様がお風呂の水を少しとっておいてくださって、それを送りました! 会員のお願いにはできるだけ対応しています!」(これを読んだ4,500人のビー・ジーズ・ファンが、全員、やにわに筆記用具を手に取って、ビー・ジーズのメンバーが入ったお風呂の水を送ってください…と書きはじめるところを想像すると…ちょっとこわいかも!)
 

メンバーの誕生日が来ると事務局にはプレゼントやカードが山のように届きます。いちばん多いのがイニシャル入りのブレスレット。何百本も届いているそうですが、ひとつ残らずメンバーが身につけるそうですよ!

「14~5歳のファンが多いので、ビー・ジーズのメンバーも高価なプレゼントなんか期待していません。それでも包みが届いた時の彼らの顔を見せたいな。みんなまるで子どもみたいになって、包みを開いています!」

そのとき、ちょうどコリン・ピーターセンが、もうちょっとでゴールド・ディスクにぶつかりそうになりながら入ってきて、部屋の向こうの机に歩いて行きました。でもちょっとだけ話ができたのです。コリンはいずれはまた映画の仕事をしたいそうなんです。 それから68年2月に予定されていたオーストラリア・ツアーはまだその時期ではないという判断でキャンセルされたそうです。

「だってねえ」とコリンは暗い声で言いました。「200万枚もレコードが売れたのに、オーストラリアのマスコミは、『あ、そうそう、ところでビー・ジーズの“マサチューセッツ”が200万枚売れたそうだ』ってすみっこの方に申しわけ程度に書くぐらいだもんね。ぼくたちが出てきたことも知らないような人がいる国に、また戻る意味はないよね」 

実はアマチュア劇団に入っているジュリーさんは、その夜が公演だったのですが、ビー・ジーズにはそのことを内緒にしていました。話すと、「きっとビー・ジーズがでーんと一列目に座っていて、大騒ぎになってしまうんじゃないかとこわくって」という理由だそうです。ジュリーさんの心配ももっともだし、そういう心配をかけるビー・ジーズもなんとも律義そうではありませんか。

そこでまたファン思いの話題になったら、ジュリーが、あるときヴィンスが6時間もかけて会員用のクリスマス・カードにサインしたという話をしてくれました。「とにかくやると言ってきかなかった!」そうです。

コリンが出て行くと入れ違いに、

また人が入ってきました。今度は若い男性が数人、ゴールド・ディスクを台から降ろして次の日のビー・ジーズのパーティ会場に飾るために運んでいきました。「中のひとりがロード・マネージャーのディック。彼にもけっこうファン・レターが来るのよ!」

何十年後のいま読むと、なんとものどかな感じですね。ファン・クラブの会員が電話して、その辺にビー・ジーズがいれば電話に出るとか、どんだけのどかなんだ。それからお気づきの通り、裏方のはずなのに、たくさんファン・レターが届くという人気者の若きロード・マネージャーこそ、今日でもバリー・ギブの片腕とうたわれるビジネス・マネージャーのディック・アシュビーその人です。

この雑誌は、ほぼ50年近い昔に神田の古本屋さんで投げ売りされていたのを買いました。1冊200円がさらに値下げになってどさどさっと売られていたのですが、ビー・ジーズの白黒写真とバリーの記事、それにこのファン・クラブの記事が載っていたので、その場にあった数冊を全部買ってしまいましたです。それでも全部でせいぜい500円ぐらいだったと思います。思えば、それものどかな時代でした。

{Bee Gees Days}

 

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特に外国にいるときは目立つので、きちんとふるまって良い印象を与えるように努力しております。

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