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【アーカイヴ―1969年8月】「ロビン・ギブの現在」(英誌より)

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Fabulous 208誌1969年8月16日号の表紙
「ロビン・ギブの現在」

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それにしても暑かった!(まだ過去形は早い??)ようやく少しだけ爽やかになってきて、ちょうどこのタイミングで出したかった記事を探していたら、別の記事が出てきたので、それをご紹介します。

このサイトでもたびたび取り上げてきたイギリスのティーン雑誌『Fabulous 208』。映画『小さな恋のメロディ』のメロディちゃんことトレイシー・ハイドも映画デビュー以前はこの雑誌の少女モデルをしていたとか。

当時のビー・ジーズ人気のすごさがわかるのは、この手のイギリスやヨーロッパの雑誌では彼らがしばしば単独で表紙を飾っていたこと。この『Fabulous 208』でも、グループとしてのビー・ジーズだけでなく、バリー、ロビン、モーリスのそれぞれが単独で何度も表紙を飾っています。これはちょうど49年前の8月16日号。当時ソロ活動を開始して意気軒昂だったロビンがカバー・ストーリーに登場しています。この記事(白黒2ページ)の内容を以下に簡単にご紹介します。 

ソロになったロビン・ギブ 

 

ロビン・ギブがビー・ジーズを飛び出したとき、誰もが思ったのは、果たしてソロとしてはどうなんだろうか、ということ。そしてその疑問に対する答えは――成功また成功! ギブ・ボーイは健在です!

 

ロビン・ギブが「過去の人」になることなんてありえません。それには才能がありすぎる。冴えすぎてる。カールしたもじゃもじゃの髪に前歯が目立つほっそりとした体躯のロビンは、ビー・ジーズとの決裂後も非常に好調と見受けました。最初のソロシングルは大ヒットして(訳注:いうまでもなく、英チャートで2位まで上昇した「救いの鐘」です)、ロビンはプロモーションのために各国を飛び回っています。

ロビンがグループを脱退したときには、大いに嘆いたビー・ジーズ・ファンが多かったわけですが、考えてみれば良いことも。これで今度はビー・ジーズのレコードとロビンのレコードが両方買えるし、サウンドの美しさは変わらないんですから。

「ソングライティングのスタイルも歌い方のスタイルも変えるつもりはない」とロビン。「ひとつ良いことは、何か曲を書いても、ビー・ジーズらしくないからとあきらめる必要がなくなったこと。『救いの鐘』は発表する3か月ぐらい前、ちょうど脱退のころに書いた曲」

 

ビー・ジーズ脱退を決断するのが時期尚早だったとは思わない?

「ぜーんぜん。よーく考えた上での決断だったから。去年の9月ごろからずっと考えていた。9月って僕がレコーディングを抜けた時なんだけど。当時マスコミには、あれは神経衰弱のせいだって言われたけどね! 前からスタジオで僕が何か思いついてもみんなが乗り気になってくれないと感じていた」

 

バリーやモーリスとは今でもよく会うの?

「ふたりともに会ってるよ。今回のこと全体に一番気持ちよく対応してくれたのがモーリスで、頑張れよ、って言ってくれた。グループを離れて、『あのころは良かった』とかは思ってないよ。ビー・ジーズが【トーク・オブ・ザ・タウン】に出演した時にはテレビで見た。あれが僕なしのビー・ジーズを見た最初だったけど、見ながら、“ああ、僕もあそこにいられたら…”とかは思わなかった。ビー・ジーズの新作も素晴らしいと思っている。
もうバリーやモーリスと一緒に曲を書くことはない。今は完全に独立してやっている。クレア・トリーのレコードをプロデュースしたんだけど、他のアーティストが僕の曲を歌うのをプロデュースしてみたい。それに自分で自分が書いた曲をレコーディングするのはずっと続けるつもり」

 

将来については?

「いまアルバムが半分できたところで、今月中に出したいと思っている。それからコンサートをしたい。30人編成のオーケストラを使った、間に1ヶ月あけてぽつりぽつりとやるような不定期ライヴじゃなくて。いつか演技もしたいと思っているけれど、まだ当面のことじゃない。でもいつか必ず演技してみたいとは思っている」

現在のロビンは以前よりもリラックスして幸せそうに見えます。しっかりとしたヴィジョンがあるようで、何よりですね。ソロになったロビンの活躍に期待しましょう。    --Julie Webb

ここで話題に出ているクレア・トリーのレコードというのが「Love for Living」という彼女の自作曲です。1969年6月17日にはロビンとクレア・トリー(ピンク・フロイドのアルバム『狂気』で「虚空のスキャット」を歌っている人ですね!)が一緒にフォト・シュートも行われ、Getty Image等に何種類かの写真が現存しています。

Embed from Getty Images

優れた研究サイト「Gibb Songs」(1969年の項)によれば、2006年時点でのクレアの記憶では、「作家クリス・ハッチンスのオフィスで彼女のデモを聴いたロビンが、当時の彼のスタイル通り、デモにブラスとストリングスをオーバーダブしてレコードをプロデュースしたいと言ってきたので、1969年5月28日にロビンが関連してセッションが行われた」ということです。しかし、「ロビンはレコードのレーベルにクレジットされており、1969年に発表された少なくとも2つのインタビュー中でロビンはこのレコードをプロデュースしたことに言及しているし、パブリシティ写真もあるが、1980年代にはロビンはいっさいの関わりを否定」したそうです。うーむ、謎だ。ちなみに「Love for Living」のB面はやはりクレア自作の「Live Tomorrow, Live Today」で、ロビンはこちらにはタッチしていません。

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