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【1969年10月】英誌「バリー・ギブのお宅拝見」その2

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Fabulous 208誌1969 年10月17日号より

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「バリー・ギブのお宅拝見(その2)」

田舎のコテージ住まいをするポップ・スターもいますが、バリー・ギブは違います。とにかく何についても妥協しないバリーは、家についても最高のもの以下では満足しません。昔は伯爵夫人のものだったというベルグラヴィアのフラットは、貴重なアート作品でいっぱい。まさに最高!

というわけで、以下に簡単に内容をまとめてご紹介します。

 

ロンドンのベルグラヴィアにあるバリーの豪勢なフラットの家賃は1週間約75ポンド。棚に並ぶ高価なフランス製アンティーク皿や壁にかかっている本物のルノワールに傷でもつけたらどうしようと思いながら暮らしているのだとか。オニキス製のシガレット・ボックスはロスマンとベンソン・アンド・ヘッジズの煙草がぎっしりつまっていて、気前よく客に勧めています。

こちらが訪ねて行くと、バリーは戸口で恋人のリンダがタクシーに乗るのを見送っているところでした。すごく元気そうで、きれいに日焼けして、だいぶ長くなった髪も日に焼けてところどころ色が明るく変わっていました。

「スペインに行ってた」そうです。「マルベラというところに3-4週間ごとに通ってるんです。マルベラって知ってます? いや、誰も聞いたことがないような場所なので、そこがいいんです。ただただ毎日40度もある日光が降り注いで、10階建のホテルがひとつあるだけなんですが、そこにどうにかスイートをとっています。タンジールが見えるんですよ。ロンドンから飛行機でたった2時間のところなのに。あの暑さに慣れてしまうと、もうたまりません」

バリーが案内してくれたメインルームは摂政期風の作り。金色のカーペット、金色のスイート、金色の額に入った油絵、鏡も金縁です。中央にはポータブルのタイプライターがのったテーブルがありました。
『キューカンバー・キャッスル』の脚本をちょこちょこ書いてたんです。アメリカのABC放送が13週のシリーズにしてくれるというので。BBC2ではパイロットが放送されます。ぼくは悪しきキュウリ王になって、モーリスがジェリー王になります。殺し合ったりはしないけれど、お互いを王座から追い落とそうと争うんです。この役のために髪を伸ばしました。後ろで結ばなくちゃならないんで。長さが足りなかったら、後ろにヘアピースをつけなくちゃならないかもしれません」 つけ毛をする、と考えただけで思わず声を出して笑ってしまうバリーでした。

1階の書斎には、大きなダイニングテーブルがあって、壁にはルノワールの絵がかかり、棚には300年ものなど貴重な陶器や古書が並んでいます。部屋が明るいのは天窓から射す光のせい。ひとつの部屋はドラムマシーンに独占されていました。「本物のドラマーみたいにすごいんですよ。いま、かけますね。後ろを向いて、機械だってことを忘れてみてください。速度も調節できるんです。ここに置いているのは、デモ作りに使えるようにするためです」
彫刻や素描類も並んでいます。フラットの持ち主である伯爵夫人のものです。バリーの恋人リンダさんが作ったジグソー・パズルが額装されていて、ドラムマシーンのそばにはテレビカメラがありました。「どこが悪いのか自分の目で見られるとステージでの動きを確認するのが楽になる」からだそうです。
バリーの毎週の支出額を考えると、どこからそれだけの収入が、と考えてしまいます。グループがめったにライブをしないのに、そのお金はどこから?
曲を書く人間は、ただレコードを作るだけの人間より受け取り分がずっと多いんです。ぼくたち3兄弟で、440万ポンドぐらいもらってます。金銭面でいえば、もう引退してもいいぐらいですけれど、ぼくにはそれはありえない。自分の曲が演奏されるのを聴くのは本当に素晴らしい気持ちなんですよ……それこそがすべての根本なんです。
シェルとICIに投資しています。月面事業と将来の火星事業がありますから。そのほかにも10社ぐらいに投資しています。モーリスとぼくは自分たちの映画会社を設立する予定だし、ぼくは自分のレコード会社も設立して黒人霊歌のアーティストだけを扱うつもりです。売り出せずにいるすぐれた黒人アーティストがたくさんいるけれど、みんなすごい歌手です。黒人アーティストにかなう歌手はいないと思う。認められるのが大変だから、人一倍の努力をしているせいでしょうね」
最近、バリーは「ベスト・ドレッサー賞(ポップ・スター部門)」を受賞したので、洋服のことなども訊いてみました。
「最高の賞をもらったと思います。個人の趣味に対して与えられる賞ですから。ぼくは、自分でも服をいろいろデザインして、その一部は仕立ててもらっています。シャツを仕立ててもらうときには素材も指定します。わざわざフランスから取り寄せてもらわなくちゃならない時もあるんですよ」

バリーの家のキッチンはかなりコンパクトな作りで、本当はもっと広いキッチンが欲しいそうです。自分では料理しないというバリーですが、「お茶をいれることにはうるさい」とか。この発言が合図だったかのようにお茶の時間になりました。

お茶のためにはすべてがストップします。長いテーブルに座って白と金色のカップからお茶を飲むバリー。しばしのあいだくつろいで、煙草に火をつけると、テープ・レコーダーのスイッチを入れます。「新しいレコードはジム・リーヴズに捧げたものなんです。ぼくたちの曲としては変わり種の方なんですけど、どう思います?」
バリーは常に喜んでこちらの意見に耳を傾け、他の人が何を考えているのかを知りたがっており、訊かれたことには必ず答えます。
「ロビンを悪く思ってなんかいません。ロビンのレコードは大好きだし、ロビンが成功して良かったと思っています」と問わず語りに話してくれたバリーは、これまでロビンについてもっと質問が出なかったことが不思議そうでした。「兄弟の間の口論が誇大に取り上げられて大げさな話になっているだけなんです」
お茶が終り、私たちもお暇する時間になりました。戸口まで見送ってくれたバリーは、通りに停めてある新車をあれだよと指さして教えてくれました。黄色いロータス・ヨーロッパです。「いい車ですよ~!」とバリーは私たちに叫びました。「Eタイプより安いんです」
それから私たちはミニに乗ってFABのオフィスへ戻りました。まあ、これがショー・ビジネスというものです!

-- Julie Webb (Fablous 208)

なんだかお金の話が多い記事ですが、これは「セレブの代表」として優雅なバリーの生活を取り上げるのが目的の記事なのでしょう。イギリスで過ごした子ども時代も、オーストラリアで過ごした少年時代も、どちらかといえば貧しかったギブ兄弟ですが、67年に一気に国際スターダムをかけのぼり、この当時の記事では、ロビンが「車を拭くのに要らないスーツをぼろ布替わりに使う」と書かれたり、彼らのまあ一種成金的な行動がマスコミをにぎわせたのでした。

ところでバリーの家賃ですが、ロンドンの高級住宅地ですから、当時のレートとしてはかなり高かったのだろうと書き手のトーンからは推測されますが、当時の75ポンドっていくらぐらいだったのでしょうね(今では75ポンドってそんなに大したことない額ですよね)。

変わらないのは、やっぱりバリーは太陽と紅茶と音楽が好きであるということみたいです。モーリスが亡くなった後、ロビンと思い出話をしていたら、「子どものころ、家ではバリーがお茶をいれる係だった。バリーがいれるお茶が一番美味しいんだ」とほんとに懐かしそうに話していたのを思い出します。嵐のように過ぎた彼らの人生であり、決して守られた幸せなものではなかった少年時代ですが、そうやってみんなでお茶を囲む幸せな時間があったのでしょう。

音楽の話が比較的少ないですが、特筆すべきなのはドラムマシーンの存在。ロビンの「救いの鐘」がドラムマシーンを使った最初のヒットとして、それこそ「歴史に名を刻んで」いますが、ソングライターであったギブ兄弟にとっては、デモ作りに際していちいち生身のドラマーに召集をかけなくてすむというのは大いに便利だったに違いありません。

もうひとつ、ここで言っている「新しいレコード」というのはアルバム『Cucumber Castle』のことでしょうか。あるいは「想い出を胸に」? ジム・リーヴスの作品といえば、ビー・ジーズは『ノスタルジア』で「I Love You Because」をバリーのリードでカバーしています。バリーの原点にカントリー音楽があったということが、この発言からもよくわかります。

{Bee Gees Days}