Bee Gees Days

  • Increase font size
  • Default font size
  • Decrease font size
Home Archives Articles 全米1位「愛はきらめきの中に」を検証する

全米1位「愛はきらめきの中に」を検証する

Eメール 印刷

記事「The Number Ones」より
(「愛はきらめきの中に」ユーゴスラビア盤シングル)

a=

ビルボードHot 100でナンバーワンになった歴代のヒット曲をチャートが開始された1958年から開始して、順番にレビューしていくという興味深いシリーズ「The Number Ones」、現在1977年末まで来ました。当然ながらこれからこのコラムにビー・ジーズが頻繁に登場することになります。なんたって「チャート独占状態」とまで言われたあの現象が始まろうとしているのです。

あたりさわりのない業界の提灯記事や、変に上から目線で切り捨てる論調も多い中で、辛口ながら褒めるところは褒めるという面白い切り口でビー・ジーズも切っています。で、今回は1977年末の「愛はきらめきの中に(How Deep Is Your Love)」が取り上げられました(Stereogum.com - 2019年11月25日付)、ので、記事の内容を簡単にまとめてご紹介します。

 

The Bee Gees – “How Deep Is Your Love”

チャート1位になったのは ー 1977年12月24日

1位にとどまった期間 -3週間

映画としては激鬱展開の『サタデー・ナイト・フィーバー』。近くこのコラムでも取り上げる予定のジョン・トラボルタ(訳注 トラボルタ自身、映画『グリース』の挿入歌でナンバーワン・ヒットを飛ばしたりしていますからね)演じるブルックリン育ちのトニー・マネーロはイケてるダンサーで、良い目の保養になるけれど、ドン底ライフを送っている。両親の理解を得られず、トニーの方も両親が何を考えているのかわからない。仕事は不安定で、映画の終わりではその仕事もなくして失業状態。ただひとつ、ダンスフロアだけが彼の生きる場所だったのに、やがてそこでも逃避できなくなる。

根深い問題を抱えた登場人物を描く70年代の鬱映画のひとつだ。トニーはデートレイプ未遂を犯し、友人たちがレイプするのを止めようともしない。差別意識と誤解から生まれたプエルトリコ系グループとの確執、さらには家庭崩壊。友人の無意味な死。ダンス・コンテストの優勝という一瞬の栄光も実はインチキで、自分でもそれがわかっている。つらい。

ところが映画全体が残すイメージはまったく違う。白いスーツで天を指さすトラボルタの画像を見て思い出すのは、トニーの人生の暗い現実ではなく、光輝くダンスフロアでの目がさめるような彼。クラブの誰もが見惚れるその勇姿。そしてビー・ジーズだ。

500万ドル程度の予算で1億ドルを超える収入をたたき出したこのヒット映画は、1977年には一大ブームとなった。ジョン・トラボルタはこの1本でスターダムに躍り出た。テレビのシチュエーション・コメディの当たり役で知られるだけだった若手が、オスカーにノミネートされ、大作に主演するようになる。

だが、文化的なインパクトという点で、映画のさらに上を行ったのが『サタデー・ナイト・フィーバー』のサウンドトラックだ。何百万枚と売れて、いまだに史上最大のヒット・アルバムのひとつに数えられる。当時すでに好調だったビー・ジーズは、このアルバムではついに1978年のチャートをほぼ独占するという未曽有の事態を引き起こす。アルバムから生まれたナンバー・ワン・シングルは4枚。それまでどのアルバムも成し遂げなかったことだ。ところが、このアルバムから出た最初のナンバー・ワン・シングルは、本当にアイコニックな曲のひとつではなかった。エンド・クレジットで流れるバラードなのだ。トラボルタは映画の中でこの曲にあわせては踊らない。

映画の中で「愛はきらめきの中に(How Deep Is Your Love)」が最初に流れるのはトニーがひどい一夜を過ごした後。打ちのめされ、疎外され、滅入ったトニー。友だちのボビーの死体が川から上がり、トニーは地下鉄でマンハッタンに向かう。行き先はレイプ未遂の対象だった女性だ。この地下鉄の場面で初めて流れるのが「愛はきらめきの中に」。

アパートで彼女に会ったトニーは「友だちになれないか」と聞く。それってやめといたほうがいいんじゃ…。ところが彼女はオーケーしてくれて、かなり無理してこじつければハッピーエンドかも、というエンディングになる。ここで再び「愛はきらめきの中に」。この女性ステファニーを、トニーは愛してはいない。トニーが愛していたかもしれないのは、彼女が象徴するより良い、より洗練されたライフスタイルだ。ステファニーの方もトニーなんか絶対に好きじゃない。それなのに流れるこのラブソング。変~。

 

映画の製作者ロバート・スティグウッドから、映画用に曲を書いてくれ、と依頼されたビー・ジーズは、当初、時間がないと断った。撮影後のポスト・プロダクションの段階で、ようやく曲を提供することに同意し、フランスのホテルで週末にささっと書き上げた。ビー・ジーズはこの段階で映画も観ておらず、内容もよくわかっていなかった。当初ビー・ジーズは「愛はきらめきの中に」をイヴォンヌ・エリマン(近くこのコラムに登場予定)に歌わせるつもりだったが、スティグウッドがビー・ジーズ自身が歌うべきだと主張した。

 

スティグウッドの判断は正しかった。「愛はきらめきの中に」の最良の部分とはビー・ジーズの声である。血縁関係の人間が一緒に歌うと、まったくレベルの違うハーモニーが生まれる、といわれている。ビー・ジーズは同じ遺伝子を持ち、一緒に歌いながら育った。だから彼らが声をそろえて歌うとき、この世のものとも思えない神秘的な何ものかが生まれる。ビー・ジーズのヘリウムボイス(訳注 ファルセットのことですがな)はすぐにわかる。他の誰の声にも似ていない。ところがビー・ジーズ同士の声はみんな似ている。そしてその彼らが一緒に歌うとき、何かが起こる。

 

「愛はきらめきの中に」のころにはすでにバリー・ギブがグループのリード・シンガーとして頭角を現し、ファルセット唱法をきわめていた。そして「愛はきらめきの中に」では、ギブ3兄弟がそろってありえないほど高音のハーモニーを聴かせる。美しいサウンドだ。

 

他の誰が歌っても、「愛はきらめきの中に」はこんなに輝かなかった。あたたかく、心を満たす、プロム・バラード風の曲だ。あざやかなフェンダー・ローズ、ビートにちょびっとディスコっぽさを加えるミッドテンポの進行。歌詞を見ると、バリー・ギブが歌うのは、恋に落ちて、これこそ真実の愛なのだ、相手も同じ気持ちでいるのだと知りたがっている男だ。「だってこの世の中は馬鹿ばかり/みんな ぼくらを傷つける/そっとしておいてほしいのに/ふたりのことはぼくたちだけの問題なのに」。この曲はビー・ジーズのベスト・ソングにははるかに及ばない。だが、彼らのボーカルがこの曲を天の高みへと引き上げる。

 

発売は1977年9月。映画封切りの前だ。12月半ばに映画が封切られると、その1週間後、クリスマスの直前に「愛はきらめきの中に」がモンスターヒット「恋するデビー(You Light Up My Life)」から1位の座を奪っていた。完璧なタイミングだった。大衆の意識の中でこの曲と映画は互いに高め合った。そしてサウンドトラックと映画が文化上の事件とまでいわれるものになったのだった。これから数週間の間に『サタデー・ナイト・フィーバー』の曲をもっともっと取り上げることになる。(Tom Breihan)

実は、驚かれたりするのですが、個人的にはこの曲があまり好きではありません。ビー・ジーズの曲としては、むしろ平凡な方だと思っています。だから、「ビー・ジーズのベスト・ソングにははるかに及ばない」という筆者の意見に賛成です。なんだかおめでたいディスコ映画みたいに見られがちな『サタデー・ナイト・フィーバー』が劇鬱展開、でもわりと類型的。それなのに観た後に尾を引くのはトラボルタのイメージであり、ビー・ジーズの音楽だ、というのも賛成です。もっとも映画のエンディングの解釈は筆者とは違います。トニーとステファニーは、嘘で固めた疑似恋愛からスタートして、お互いを似た者同士、傷ついた魂を持って光を目指す困難な旅の途上にある同志として認め合ったのじゃないかと思うんですよね。

それはさておき、よくメロディやハーモニーが云々されるビー・ジーズの作品において、彼らの卓越したボーカルが話題になることはあまりないのは残念なことです。それだけに、まさにその「声の力」に着目したこのレビューには大きな五重丸ぐらい献呈したいです。彼らの声は他の誰にも似てないけど、お互いに似ている(でも違う!)のですね。

{Bee Gees Days}