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”ロビン・ギブ、その美しいビブラート”【ニューヨーカー誌2012年4月20日】

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ロビン病気の報が世界中を駆け巡った辛く苦しい一週間でしたが、週末を前に明るいニュースが入り始めて本当に良かったです。

今回の報道との関係でビージーズやロビンの業績をたどる記事がメディアに数多く登場しました。中でも海外ファンの評価が高かったのが、知的な雑誌として知られるアメリカの「ニューヨーカー」誌の「カルチャーデスク」欄に登場した「ロビン・ギブ、その美しいビブラート」と題した記事(オンライン版2012年4月20日付)です。「Sing Slowly Sisters」や「Odessa」などのなかなか通好みの音源が紹介されていますので、のぞいてみてください。以下に内容を簡単にまとめてご紹介いたします。

 

 歴代屈指の売り上げを誇るアーティストの声を「ちょっととっつきにくい」と形容するのも妙な話だが、実際、オーストラリア経由で世界に出たイギリスのグループ、ビージーズの声をすぐに好きになれる人はそう多くないと思う。何しろ有名な曲のオンパレードだから「なじみがないせい」とは言えない。甘いメロドラマ風の60年代からホワイトソウルを経てディスコの寵児となるまで、そのキャリアを変身の妙と見る人もいれば、キッチュと思う人もいる。大半の人には「なんだかわからん」グループだろう。で、ぼくとしては、実は彼らの鍵はどちらかといえば目立たないロビン・ギブの存在にあると思っている。あの震えるような声こそ、このグループの核になっていると思うのだ。その彼がいまロンドンの病院で病の床に横たわっているというニュースに各界から回復を祈る声が押し寄せているなか、ではビージーズにおける彼の存在をかくも特別たらしめたものは何かという視点は、やはり欠けているように思う。

実はぼくはロビンを通してビージーズに開眼した口である。兄バリーとふたごの弟モーリスの間でロビンはスターらしからぬスターだった。不器用で出っ歯でぱっとしない。ハンサムで自信にあふれた兄のバリーが生まれついてのリーダーだったのとは好対照である。ギブ兄弟はそもそもビートルズの若く健全なライバルとして売り出されたのだが、どうもロビンにはこの役にしっくりはまらないところがあった。『ファースト』が出たとき、彼はまだ17歳。バリーとリードを分け合い、シングルとなった「ホリデイ」ではメインパートを歌っている。

バリーのように魅力的な容姿に恵まれていなかったロビンだが、その震えるような声には独特の吸引力があり、「マサチューセッツ」「ジョーク」などのヒットではこれが花開いた。

「ジョーク」なんて病的な歌がヒットするとは思えないが、これがなんとビルボードで6位にランクインしている。純粋で傷つきやすく、なんともメランコリックなロビンの特徴ある声が聴く者をとらえるのである。

実はぼくの両親がビージーズの初期のレコードを持っていたのだが、ぼくがそれを聴き返すようになったのは10年ちょっと前だ。そしてぼくは、ビージーズはビブラートのかかったロビンのテノールがメインになっているときが一番いいという結論に達した。ロビンもそう思ったのだろう。アルバム『オデッサ』のタイトル曲では力唱している。『オデッサ』はロビンの長所を生かした野心的な試みだったが、不満を抱えたロビンは自分が正当に評価されていないと訴えるようになる。まだティーンエ―ジャー、自分でも感受性が強すぎて不安定だったと認めるロビンはベタ甘の「若葉のころ」とロビンが朗々と歌う「ランプの明かり」のどちらをシングルにするかという問題でバリーと衝突。(いまこの2曲を聴き比べれば、ロビンの意見ももっともだと思うはずだ)

こうしてメディアを介した応酬の後にロビンはソロになり「救いの鐘」でヒット(2位)を飛ばす。続くアルバム『Robin's Reigh』はおそらく作者の意図を超えてかなりエキセントリックな作品になった。廃盤の時期が長いこのアルバムはファンの間でコレクターズアイテムになっている。

続く1970年のアルバム『Sing Slowly Sisters』はビージーズというメジャーな存在の周辺にロビンのカルトを打ち立てる役割を果たした。戦場に向かう兵士を歌ったタイトルトラックはホルンやストリングス、オルガンを使って、独特の奇妙な雰囲気が漂う作品になっている。「Avalanche」「Sky West And Crooked」などの作品はその後10数年を経てイギリスに登場するドリームポップの先駆けともいえそうな作品だ。

残念ながら『Sing Slowly Sisters』は未発表に終わる。三兄弟は同年に仲直りして、一緒の活動を再開。「Lonely Days」「How Can You Mend A Broken Heart」などのヒットが生まれた。その後いったんチャート上での勢いは衰えるが、1975年の「Jive Talkin'」がナンバーワンヒットとなり、それまでのキャリアさえ影が薄くなるようなディスコ時代の幕が開く。しかしこの時代でさえ、ロビンはマペットと共演した『セサミ・ストリート・フィーバー』などの作品で驚かせてくれる。「トラッシュ」なんて子ども向けとは思えない出来栄えである。

ロビンの家族は彼に付き添いながら歌を聴かせて、昏睡状態から目覚めさせようとしているそうだ。ロビン自身の歌と同じぐらい素晴らしい歌が彼の耳に届いていると良いのだが。

 これは一般誌に登場したロビン・ギブ論としてはかなり力の入ったものだと思います。どこまで賛成できるかは読む人にもよりますが、根本的に好意的であることは間違いないでしょう。とても興味深い論評です。なお、「Sing Slowly Sisters」(アルバムではなく曲)はロビンがサイトで発表したダウンロードシングル「Wing and Prayer」の下敷きになったことでも知られています。

素晴らしい歌が耳に届いて目を覚ましてくれたロビン。これからもずっとずっとその素晴らしい歌声で全人類を幸せにし続けてくれますように。

コメントはどびん本舗へお願いします。

 

 

 

Words

「今晩はこれで終わりですが、ナイト・フィーバーは燃え続けます。おやすみなさい!」

―ジョン・トラボルタ (2017年4月16日-米CBSで放送されたビー・ジーズ特番のエンディングで)