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ヴィンス・メローニー、ビージーズを語る

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国際デビュー当時、5人編成時代のビージーズでギタリストを務めていたヴィンス・メローニ―は、現在、母国のオーストラリアで活躍中。来 る3月27日にはシドニー郊外のホーンズビーでコンサートが行われることから、ヴィンスの最新インタビューが地元紙に登場しました。 

この中で彼は ビージーズに加わることになったきっかけ、脱退にいたる気持ちの問題などについて語っています。主な内容を以下にまとめてご紹介します。 

 オーストラリア時代はビリー・ソープ・アンド・ジ・アズテックスに創設メンバーのひとりとして参加、「Poison Ivy」や「Over the Rainbow」などのヒットを飛ばしていたヴィンス。オーストラリアでできることはやりつくした、次はイギリスだ、と船で渡英したもののロンドンについたときには夢とやる気はあっても一文無し。
「ほんとにビンボーでした。でもモーリス・ギブと知り合いで25ドル貸しがあったんですよ。衣装を売ってやったから。彼、ぼくとサイズが同じだったんです。

 電話したら、モーリスもあまり金がなくてね。でもちょうどロバート・スティグウッドと仕事するようになったところだったので、≪来てぼくたちのところでギターをやればいいじゃん≫って言われたんです。

 渡航費用を作るためにギターは売ってしまってたけどイージービーツのハリー・ヴァンダがギターを貸してくれたので、ポートランドプレースにあったIBCスタジオでギブ兄弟と合流しました」

 そしてレコーディングしたのがビージーズのイギリスでの成功を決定づけた「ニューヨーク炭鉱の悲劇」。「ラブ・サムバディ」「マサチューセッツ」「ジョーク」とヒットが続き、コンサートに次ぐコンサートとテレビ出演の「信じられないような2年間」が始まります。

 けれどもヴィンスの話ではビージーズとしての生活は「あまりにもクレージーになってしまった」ので、契約更新の内容が気に入らなかったときに止めることにしたのだそうです。

 「あれほど成功しちゃうってどんなことなのか、想像したこともありませんでした。結果的にはあんまりだったんです。ゴシップとジェラシーがいっぱいで」

 今でもバリーとロビンとは友だちで今回のコンサートでもビージーズのヒット曲を演奏するそうです。

 「彼らはいまだに世界で5本の指に入る人気グループですからね。ビージーズのカバーをやりたくない人間なんていませんよ」

のちにギブ兄弟が「最初の成功シンドローム」として振り返る時代を共に体験したヴィンス。バリーは20歳そこそこ、ロビンとモーリスはティーンエージャーで迎えたこの最初の大成功がいかに過酷な体験であったのか、ヴィンスの話からも片鱗がうかがえます。それにしてもモーリスとヴィンスはサイズが同じだったんですね~。ちょっとほほえましい。

トップの写真はヴィンスとドラムスのコリン・ピーターセンを含めた5人編成時代のビージーズ。右の写真は(比較的?)最近のヴィンス・メローニー。元気そうで何よりですね。

コメントはどびん本舗のこちらへお願いします。 

 

Words

ぼくが17歳で家を出たとき、母が電話してきて泣くので、「潮の流れは変わらなくてはならない」と話した。誰もが母親を心配させて大人になっていく。

ロビン・ギブ