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ビージーズが語るアンディ・ギブとの“邂逅”(1989年)

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「アンディは今もぼくらを訪ねてくれている」
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数日前(正確には5月15日)、古い資料を整理していて、ふとこの記事が目につきました。イギリスの大衆紙ザ・サンに掲載されたのが、偶然ながら、ちょうど26年前の日付け(1989年5月15日) だったからです。そこで今日は「悲しいアンディは霊になって訪ねてくれている」と題されたこの記事から、3人の兄が語るアンディについて簡単にまとめてご紹介します。

バリー・ギブ:「アンディはひどい鬱状態に陥って、どうしてもそこから抜け出せなくなっていました。自分に希望が持てなくなっていた。アンディもぼくたちのように自分を信じることができていたら…。 アンディは、ただもう諦めてしまっているように見えました」

 

ロビン:「アンディは生きるのが怖くなっていた。その結果、自分に何をしたかといえば、とにかく何もかもを忘れようとしたんでしょう。すべてこの恐怖が原因です。こわいという感情は人をめちゃめちゃにする」

バリー:「ぼくはアンディの墓まいりをしても、棺の中にアンディがいるとは思わない。アンディは絶対にマイアミにあるぼくの家にいると思う。なじみの場所にいたいのだと思う。

 実はアンディはぼくたちにコンタクトしようとしてくれたんです。ある晩、ぼくの妻の枕元に姿を見せてくれました。ほんとにはっきり、いまこうしてぼくがあなたに会っているように、アンディが見えたそうです。
その夜は息子のトラヴィスがむずかって、ぼくたちのベッドにもぐりこんできたんです。暑い夜で窮屈だったので、ぼくは寝苦しくなって、別の部屋で横になりました。あとになって、リンダが、「目が覚めるとアンディがベッドのわきに立っていた」というんです。無精ひげをはやしていて、身をかがめてリンダの頬にキスすると、そのまま消えてしまったそうです。リンダは「アンディがとても穏やかな様子だったので、少しもこわいという気はしなかった」と話してくれました。だから「ああ、アンディは幸せなんだ」と思いました

 翌日、リンダがぼくの母と電話していたら、母もまったく同じ体験をした、と言ったんです。不思議でした」

モーリス:「ある日、アンディが好きだったうちの庭でバーベキューをしていたら、急にアンディの声で『おーい、元気?』って聞くのが聞こえたんです。アンディのお気に入りの言い回しで、好調なときにそういう言い方をしていたんですよね。
あとでいわゆる”サイキック・エコー”と呼ばれる体験をしたのだと知りました。

  ぼくたちもアンディとコンタクトしてみようかとも考えました。『お手伝いしましょう』という手紙をくれた人たちもいます。でもインチキ霊能者も多いし、そういう輩とは関わりたくない。ドリス・ストークス(訳注:イギリスで活躍した有名な霊能者)がまだ生きてたらアンディと話させてくれたと思うんですけど」 

記事中には、アンディの死の数日前にロビンが体験したという不思議な出来事にも触れられています。ロビンが「オックスフォードシャーの自宅でくつろいでいるとき」に起きたそうです。

ロビン:「まるで悪夢のようでしたが、ぼくははっきりと目は覚めていました。で、ほんとにこわかった。壁が迫ってくるように感じたんです。まるで箱の中に閉じ込められたみたいで、逃げられないという気持ちになりました。閉所恐怖を感じて、息がつまりそうだった。それから数日してアンディは亡くなりました。あれは何かの予兆だったのだと思います。ぼくたちはみんなアンディについては独特の不安を感じていた。ぼくはずっと、アンディは長生きできない、あやうい生き方をしている、という気がしていました。不幸と悲運の気配がいつもアンディにはつきまとっていた。
アンディはアメリカから帰ってから問題行動をとるようになりました。レコーディング契約を交わして、新しいソングライターふたりと仕事を始めることになっていた。でもアンディはそれがこわかったんだと思います。彼は、二度と成功できないんじゃないかと、怯えきっていたんです。

 それからです、アンディは何もかもをこわがり出した。ぼくを含めて、自分自身の家族まで。うちの敷地内の私道のつきあたりにある文書保管所の建物に閉じこもって誰にも会おうとしませんでした。
どんどん調子が悪くなっているのがわかったので、なんとか助けようとしたのですが、アンディは誰の助けも受けようとしなかった。すぐそばにいたのに何もできないなんて悲し過ぎました。アンディはぼくたちの誰とも会おうとしなかったから。

     世の中には、アンディと同じように苦しんでいる人が、今でもたくさんいると思います。だからこうやって正直に話すことで、そういう人に、同じように苦しんだ人は他にもたくさんいるんだと知ってほしい。他の人に問題を打ち明けければ、助かることがあるかもしれない。

 アンディは何時間も何時間も窓から見て、外を見張っていました。誰か会いにくるんじゃないかとこわがっていました。誰とも連絡をとろうとせず、ほんとに変でした。とにかくとても苦労して人を避けていました。

 窓から道路の車を見張っていて、ぼくの車が敷地に入ってくると、窓から離れて、大急ぎであちこちの電気を消してまわるんです。そうやって、いないふりをして、誰にも会おうとしなかった」

バリー:「ぼくたちは(ライブコンサートを)十年以上もやらずに来ました。やろうか、という話は出ても結局実現せずじまいで。でもアンディが死んで、急に決まりました。ぼくたちはこれをやるために生きているんじゃないか、これならできる、というものがあるじゃないか、いまやらなかったらもったいない、そう思ったんです」

     「アンディの死で人生がどんなに短いかということを実感しました。スピリチュアルなものがまわりにあふれているのに、それと離れていてはいけない、と。

 起こることにはすべて、それだけの理由がある。アンディの死にも理由があったんだと思います。

     アンディの死でグループも家族もまたスピリチュアルになりました。スピリチュアルなものに触れ、魂を成長させようと思うようになりました」

(Rick Sky in Hamburg, West Germany)

この記事が書かれた段階で、ビージーズは1989年6月14~15日にウェンブレーで、6月22日にバーミンガムNECでの公演を控えていました。

喪失に対処する方法は人によってさまざまです。いまこの記事を読み返して興味深く思い出されるのは、ロビンがモーリスの死後には「もうスピリチュアルには感じられなくなった」と発言していたことです。それもまたひとつの真実だったことでしょう。

(From: "We're haunted by ghost of sad Andy, The Sun, Monday, May 15, 1989)

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Words

(“バリー・ギブ・トーク・ショー”について)

模倣は最大の惨事…じゃなくて賛辞である。

ロビン・ギブ