Bee Gees Days

  • Increase font size
  • Default font size
  • Decrease font size
Home Bee Gees Data 想い出を胸に
想い出を胸に

SBID親善大使としてのロビン・ギブ

Eメール 印刷

ロビンと一緒のヴァネッサさん(2011年)
写真提供:SBID

<クリックすると拡大されます>

2011年、ロビン・ギブはSBID(英国・国際デザイン協会)の親善大使に就任しました。このたび協会の創設者であり理事であるインテリア・デザイナーのヴァネッサ・ブラディさんが大英帝国勲章(OBE)を受賞、この機会にSBIDとの関わりなど、ロビンの思い出の記をBGDに寄せてくださいました。  

more ...
 

あれから8年…モーリス・ギブを偲んで

Eメール 印刷
ピアノの前で一服(1973年9月、東京にて)
ピアノの前で一服(1973年9月、東京にて)

8年の時が流れ、「ロック音楽史における今日という日」についてのサイト(Gibson.com)に2011年1月12日付けでこんな記事が掲載されました。

ビージーズのメンバー中では「静かな男」と言われていたモーリスだが、2003年のこの日、彼が亡くなったことで、音楽史上でもっとも息の長い人気を誇ったグループのひとつが永遠の静けさに閉ざされることになった。残ったバリーとロビンは、その後、何度か一緒にステージには立ったが、モーリスがいないいま二度と元通りではありえない…それは誰もが認めるところだろう。

more ...
 

共演者が語るビージーズの思い出

Eメール 印刷
トラファルガー・ツアーで来日したときのビージーズ
トラファルガー・ツアーで来日したときのビージーズ=

オーストラリア出身のミュージシャンで、キーボーディスト、ソングライターとして活躍してきたブライアン・カッドが自伝『From This Side Of Things』を発表しました(この本はCaddのオフィシャルサイトから直接注文できます)。

カッドは1972年のビージーズのいわゆる“トラファルガー・ツアー”のオーストラリアでの日程に、ラッセル・モリス・バンドの一員として同行した経験の持ち主で、この自伝の中でもバリー、ロビン、モーリスの思い出を語っています。

ビージーズのバックバンドやパーソナルマネージャーのディック・アシュビーともすっかり仲良くなって、イギリスに戻るときにはロンドンへ来いよって誘われた。一緒にツアーをするだけじゃなくて、みんなでグループを組んでレコーディングする話もあったんだよ。魅力的な誘いだったなあ。

…というカッドがプロとしてのビージーズを絶賛する適確で温かい描写も印象的ですが、やはり一緒に仕事をし、ツアーの中で長い時間を共有した者として語る人間ビージーズの肖像にも興味深いものがあります。特にモーリスの人柄をほうふつさせるエピソードが語られていますので、簡単にご紹介します。

more ...
 

バリー・ギブ、ベストドレッサー賞受賞≪1969年7月12日≫

Eメール 印刷

ちょうど41年前の今日、1969年7月12日にバリー・ギブがラジオ・ルクセンブルグなどが主催した「ベスト・ドレッサー・オブ・ジ・イヤー(もっともセンスの良い服装をしたポップスター)」賞を受賞。当時のロンドンのファッションの中心地であったカーナビ―・ストリートで授賞式が行われました。

このときの様子をWPA Film Libraryで動画で見ることができます。警官まで出動するすごい人だかりに当時のバリーとビージーズの人気ぶりがうかがえますね。

more ...
 

ドジャースタジアムを湧かせたビージーズの七夕コンサート≪79年7月≫

Eメール 印刷

31年前、七夕の夜に行われた歴史に残るビージーズのLA公演のお話です。31年前も7月は暑かった! 

これはロサンジェルスタイムズ紙1979年7月9日(月)号に掲載された記事です。おりしもビージーズはフィーバーのただ中、キャリア中最大ともいわれるSpirits Having Flownツアーの真っ最中でした。

この記事は7月7日(土)にドジャースタジアムで行われたコンサートの模様を伝えています。

more ...
 

モーリスへの手紙≪1968年7月≫

Eメール 印刷

手元にあるのは時間が経って紙の色が変色した「海外文通ABC」という小冊子。「英語フレンド8月号別冊付録」と書いてあります。8月、つまり1968年8月号です。

「英語フレンド」というのは当時の学習雑誌。インターネットもEメールも夢のまた夢だった時代の中学生向け「海外文通指南」といった内容です。

自分と相手の住所の書き方から始まって、手紙の書き出しの言葉、封筒の表書きのしかた、などが丁寧かつ具体的に説明されています。その他、「実用100の文例」なんていうのもありまして、This is my first letter in English.(これは私が英語で書いた最初の手紙です)等々の文例が。

で、そのあとに手紙の文例が4つ紹介されています。「日本から海外の友へ」が2例、「海外から日本の友へ」(あっちから来た、というケースですね)が2例。

そしてなんと!面白いことに、この「日本から海外の友へ」の文例、2つあるうちの1つが、モーリスへのファンレターなんです! なになに…。

中学生が書いたという設定の簡単な英語ですから翻訳も特に必要ないとは思いますが、一応、以下にざっと日本語でご紹介します。日付けは今を去る42年前の7月27日です。

more ...
 

20周年記念「レコード・ワールド」特集号(その1)

Eメール 印刷

今から35年をさかのぼる昔、米国の音楽業界誌「Record World」誌の1975年6月15日号。名盤“Main Course”発売にタイミングをあわせ、「ビージーズの芸能生活20周年」を記念して組まれた特集号です。

うん? でもこのときが20周年だと昨今の50周年はちと数が合わないような。まあ、バリーも「いろんな数え方がある」と確か言っていましたね。

表紙ももちろんビージーズですが、中央部分に「レコード・ワールド誌ビージーズ音楽活動20周年記念」と銘打たれた特集セクションがとじこまれていて、セントラルパークで撮影された三人の姿がこのセクションの表紙。アトランティック、アトコ、RSO、ポリドール(日本)、ドイツ・グラモフォン、フェスティバルレコード(オーストラリア)、ウィリアム・モリス・エージェンシー、など関係各位がそれぞれに凝ったメッセージを寄せて、実に延々60ページの大特集になっています。

more ...
 


2 ページ(全 3 ページ)