Bee Gees Days

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訳詞コーナー: 「ホリデイ」

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特に初期の作品について訳詞を掲載してほしいというリクエストが多いので、蛮勇をふるって、中でも難関中の難関、実にこれがまた何を歌っているかよくわからないと評判の高い「ホリデイ」から始めることにします。

ロビンが「ジョーク」について、「結局は聞く人ひとりひとりの解釈にゆだねたい」と発言したことがありますが、この曲もさまざまな解釈が可能です。これはあくまでひとつの解釈ということで読んでいただければと思います。

ああ 君はまるで
お休みの一日のような人

 

とても大切なことだと思う
あやつり人形を見て笑えるかどうか
笑えなければ ひとり石を投げて
水きりでもするしかない

ああ おかしなゲームだ
結局は無駄なのだと
思いたくはない
ぼくは何を言ってるんだろう
頭にやわらかい枕を押しつける

みんなにわかることなのに
どうしてぼくにはわからないんだろう
それがぼくだというそのことが
つらい とてもつらい

ああ 君は休日のような人
いつもそれは変わらない
ぼくにも言わせてくれ
何を言うかって
君はぼくの“休日”だ とそのことを

青春の憂いとでもいうべき感情を歌ったビージーズ初期の名作。日本では「マサチューセッツ」のB面としてダブルヒットし、数々のカバーが登場して、ビージーズの名を一挙に知らしめました。

ある海外のレビューにこの歌の「主人公は“理想の彼女”を見つけたのに、その彼女を愛せずにいる」と書かれていました。けれども「なんてホリデイなんだろう」と彼女を見つめる主人公の視線には、疎外感もあるけれど憧憬もあふれているように思えます。「冬の教会をイメージした」(モーリス)という讃美歌風のサウンドと、全編にちりばめられた孤独の絵柄が美しい。

歌詞や詩ではよくあることですが、二連で話者の人称が微妙にシフトしたり、三連では主語が省略されて主体がわからなくなっていたりして、「誰がどうしたのか」についても、さまざまな解釈が可能になっています。

だいたい、「ホリデイ」とは何なのでしょう? 「お休みの日=ほっとする存在、楽しい存在」、あるいは「ホリデイ(Holiday)=holy day」ですから、日常を離れた大切な清らかな存在、まぶしいような存在であるのかもしれません。「君は祭日」では語呂が悪いので、ここでは「君はお休みの一日」としましたが、もっとまぶしい存在、そう柳田國男がいう”ハレとケ”の”ハレ”に近い感じではないかと思います。つまり、「君は”ハレ”day」なんですね、ほんとに。

そんな彼女に、人生のゲームに加わってあやつり人形を見て笑い興じることができない鬱々とした主人公が、歌の最後に送る言葉は「君はホリデイだ」というものです。これは愛の告白か、深い疎外感の表白か、あるいは孤独なモノローグか。いずれにせよ、これはラブソングであると思います。

「漫画家のための漫画家」と称され、萩尾望都に影響を与えたことでも知られる異色の少女マンガ家、岡田史子に「ホリディ」という作品があります。内容(というより雰囲気)、発表の時代から考えてビージーズのこの「ホリデイ」に触発されたものと考えて間違いないでしょう。

岡田史子自身はグループサウンズ、オックスのファンであったとか。タイガースをはじめとするグループサウンズにこぞって取り上げられたビージーズでしたが、オックスもこの「ホリデイ」を歌っています。

特に「Bee Gees First」から「To Whom It May Concern」あたりまでのビージーズはポスト「Sgt.Pepper」期らしいシュールなイメージ展開の歌詞の一人者とも言われていますが、この「ホリデイ」も一見楽しいタイトルとは裏腹なものさびしい曲調に加えて、なんとも抽象的な表現がさまざまな解釈を呼んで、不可思議な余韻を残します。おもしろうてやがて悲しきホリデイかな(芭蕉)(<嘘)。

しかし当時はシングルが370円とかいうハンパな値段だったんですね。現在、この「ホリデイ」が収められているオリジナルアルバム「ビージーズ・ファースト」は2006年にリマスターバージョンとして発売された2枚組の英国盤が入手可能です。この2枚組にはアウトテイクや未発表曲も含まれて貴重な音源となっています。


 

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