Bee Gees Days

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Home Bee Gees in Japan 【1974年秋】ビージーズ3度目の来日

【1974年秋】ビージーズ3度目の来日

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当時の雑誌に掲載された来日の告知広告
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『イン・ザ・ナウ』一色からちょっと離れて、少しタイムトリップしてみます。時は1974年。42年前の今日、ビージーズは東京の中野サンプラザ大ホールで3度目の来日の初日公演を行いました。

これは当時の音楽誌(たぶん『ミュージック・ライフ』)に掲載された告知記事です。使われている写真は1973年の来日公演の初日(1973年9月1日)のものです。つまりこれはバリーにとっては27歳の誕生日の写真ということになりますね。

あとこの告知記事で面白いのは、来日公演の期日ではなく、来日期日(つまり彼らが日本に到着する日)が告知されていることでしょうか。 

3年連続3度目の来日だったこと、当時彼ら自身が「どん底だった」とあとで回顧しているようにヒットに恵まれなくなっていたことなどから、この年は来日関連記事もぐっと少なくなりました。大きなところでは、月刊(?)オーディオ(その後廃刊)(初日公演からカラー3ページ)、FMファン(白黒2ページのインタビュー記事)【詳細はこちら】、月刊おんきょう(表紙、白黒2ページの紹介記事)。その他は写真入りや写真なしの短信でした。

「月刊おんきょう」に取り上げられたのは10月28日の東京公演(新宿厚生年金ホール)が「例会」と呼ばれるおんきょう会員用の特別コンサートだったからです。おんきょう会員である方に紹介していただいて、特別なチケットを買いに有楽町あたりまで行った記憶があります。この「おんきょう」の紹介記事を見ると、当時のビージーズの日本における位置づけが垣間見られて興味深いので、近く(いつ?)ご紹介しようと思います。

彼ら(特にバリー)はとても気さくで、19日に行われたリハーサルにファンを招待してくれたりしました。「リハーサルというより、ただのサウンドチェックだけど、もしよかったら」と言いつつ、30分ぐらいいろいろな曲を練習していたそうです。今ではビージーズ、というよりバリーのサウンドチェックに出るためには身元チェックをはじめ、さまざまな事前の手続きが要求されることを思うと、当時はファンだけでなくビージーズも若かったのだなあと改めて思います。


 

Words

ロビンがただ歌えば、誰もがみんな聞き惚れた。

 

バリー・ギブ