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Home Bee Gees in Japan 1972年3月【初来日篇】(その2)

1972年3月【初来日篇】(その2)

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1972年のビージーズ初来日が大きな反響を呼んだことは、1年半後の1973年9月にふたたび今度は日本縦断ともいうべき大々的なツアーが組まれ たことからもわかります。もうひとつの”証拠”が初来日のステージ写真をジャケットに使用したシングルやEP(なつかしい言い方ですね)が続々と登場した ことでしょう。

発売された順に次の通りです。一番最後の( )の中にどの公演の写真が使われているかを書いてみます。

1.「マサチューセッツ 」【EP】(1972.8)(武道館)

2.「ラン・トゥ・ミー」【シングル】)(1972.9)(武道館)

3.「マイ・ワールド」【EP】(1972.10)(武道館)

4.「ほほえみの海」【シングル】 (1972.12)(武道館と渋谷公会堂)

5.「アライブ」【シングル】  (1973.2)(記者会見)

6.「ラン・トゥ・ミー」【EP】 (1973.2)(渋谷公会堂)

7.「希望の夜明け」【EP】 (1973.8)(渋谷公会堂と武道館)

                         ≪ジャケット写真:Thanks to やまちゃん≫

使われたのはいずれも3月23日の渋谷公会堂か翌24日の日本武道館のショット。23日はグレー、24日は黒と違う色のスーツを着ていたロビンがどの日のショットか一番わかりやすく、バリーはよく見ると23日と24日でシャツが違いますが、一番わかりにくいのがモーリスです。2日ともスタイリッシュな黒のスーツ姿。しかしよくよく見るとネクタイの色が違いますね。

ちょっと変わり種は「アライブ」のシングルで、3月22日の記者会見の写真が使われていました。

この年のセットリストは次の通りです。

二ューヨーク炭鉱の悲劇   
ラヴ・サムバディ
そして太陽は輝く
オン・タイム
ジングル・ジャングル
イン・ザ・モーニング
ワールド
誰も見えない
ワーズ
傷心の日々
マイ・ワールド
ジョーク
メロディ・フェア
獄中の手紙
若葉のころ
マサチューセッツ
ロンリー・デイ
スピックス&スペックス    アンコール

ユニークなのは「メロディ・フェア」が入っていることでしょう。「ニューヨーク炭鉱の悲劇」のイントロで幕があがると、暗い舞台の上にオーケストラを従えた3人が観客席に背を向けて立っていて、くるりとターンして歌い始めると同時にライトがついて照らし出されるという演出でした(ライティングは同行した彼らのお父さんヒュー・ギブが担当していました)。今でも昨日のことのように……は思い出せません(汗)が、あの感動は一生忘れないでしょう。いまだに「ニューヨーク炭鉱の悲劇」のイントロを聞くとどきどきしたりします。

コメントはどびん本舗へお願いします。

 

Words

楽しんでやることが大切。しかたなくやってるっていう感じになったら、おしまいだ。

バリー・ギブ